いまへと続く、ささいな経験
その昔、お弁当の時間になるたびに思っていたのです。
(私の水筒、きたないなー・・・)
って。
中学生の頃だったかな。
まだギリギリ、ガラスの魔法瓶の水筒が現役だった時代。
ステンレスの水筒を買ってもらったはいいものの、注ぎ口の形が複雑で、
日増しに茶色い汚れが目立つようになってきたのです。
外側はほぼキレイなままなんですが、お弁当の時間になるとコップは外しっぱなしなので、
その間ずーっと眺めてるハメになるのです。気になる。
あー、残念。こうやって新しいものも古くなっていくんだなー、と。
家事のプロフェッショナルである母が洗ってこうなんだから、
もうコレは一生キレイになることはないのだろう、と。
無常をかみしめること、半年ほど。
ふと、気が付いたのです。
お友達の水筒が、ずっとキレイなことに。
あっあれ・・・っ?おかしいな・・・?
どうなってんだろ?魔法かぁ??
もしかして・・・この汚れって、落ちるのか・・・?
いやいやいや、そんなハズは・・・・・・
期待2割、否定8割。
そんな心持ちの中、手持ちのポケットティッシュで拭ってみましたところ。
アッサリ落ちた。
( ゜Д゜)
その日から、お弁当の時間が来るたびに、ちょっとずつ汚れを拭いていったのです。
みるみるうちに、水筒の注ぎ口はピッカピカになりました。
そりゃーそうだ。だって、単なる水垢だもの、今思えば(汗)。
その間、母上からの反応は・・・何ひとつありませんでした(笑)。
驚くでもなく。褒めるでもなく。無反応。
その時、おぼろげながら中学生の私は知りました。
チャレンジしてみる価値はあること。
母上は、家事のプロフェッショナルではないこと。
親の担当領域を、自分でやったって構わないこと。
・・・母上の性格いい加減分かり始めたこの年齢になったから言うケド、
「そりゃ洗えば落ちるってことぐらい知ってるけどさー。
ンな細かいモンいちいちやってられませんー?こちとら6人分の食器片付けてんのにッ。
塩素系の漂白剤とか、子どもがいるうちは使いたくないし〜。
汚れてるぐらいじゃ死にゃせん、細かいことつべこべ言いな」
ぐらいに思ってたんだろなーあの人は(汗)。
食品系の資格持ちのクセに何でそんなに無頓着なんだ・・・。
100均で細かい部分を洗う用のブラシを見かけると
『ああ、あの時代にコレがあったら、母上だって洗ってただろうになぁ・・・』
と毎回思わずにはいられないのです。
自分でやれば報われる、という大切な経験も、一緒に思い出しつつ。