わたぼこ堂雑記帳

「お前のはのーみそはわたぼこりか!」 う~ん、さもありなん…そんなたけちよの日記。あなたのお役に立ちません。

最後の晩餐

母上からの、訃報の電話で目が覚めました。



亡くなったのは、昔近所に住んでいた、十数年前に会ったっきりの知り合い。
末弟殿の同級生の弟、という間柄ですので、正直繋がりはほぼ無いです。
仲がよかった母親同士だけが、引っ越した後も連絡を取り合っており、
しばしば一緒に映画などに出かけておりました。



そういう間柄ですので、葬式には出ない、と伝えました。
おばさんによろしく伝えてくれ、とだけ言いました。
私に連絡が来たのだって、友人が息子を亡くしたのにショックを受けた母上が
誰かに話をしたかったから、という意味合いが大きいのでしょうし。



自殺だったそうです。



難病を抱えていました。



治療法もなく出口の見えない闘病生活に、心底疲れきってしまったそうです。
検査に告ぐ検査、好きなものも食べられない毎日に、


「俺、5年経っても治療法見つからへんかったら、
 好きなモン食べて、自殺するわ…」


と、冗談めかして口にしたことがあったそうです。



想像してみて下さい。
十代食べ盛りの少年が、厳しい食事制限を続ける毎日のことを。



『りんごの煮たのなら食べられる』、と聞いたことがあります。
症状によっては、絶飲食が続くそうです。
高脂肪、高刺激の食事は禁止。肉も、脂も、もってのほか。



発病するまでは、当たり前のように食べることができたのに。



彼は、人生の最後に、





決して食べることのできなかった焼肉を、
おなかいっぱい食べてから、自ら命を絶ったそうです。





その話がもう、せつなくて。
今日は一日中、彼が人生の最後に食べたであろう焼肉の味のことを、
ずっと考えていました。



食べたくて食べたくて食べたくて、それでもずっとずっと我慢していた、
焼肉。



最後の最後で、やっと、思う存分食べることができた、焼肉。



死を覚悟してまで、食べた焼肉。





さぞ、美味しかったのだろうな。





…果たして、本当にそうかな。




最初の一口は、涙が出るほど美味しかったのでしょう。
でも、それは、食べ終わるときが死ぬときである、焼肉。



満腹になるまでの間。
想像することしかできませんが、それはきっと、永遠にも刹那にも近い時間。
生と死が、いまだかつてないほど濃密に同居した時間。





せめて。
食べ終わるまで苦痛に襲われなかったことと、
そのときの焼肉が私の見たこともないような極上のお肉であることを、
祈るばかりなのです。